日本書鏡院とは

昭和八年、長谷川耕南が創設。日本に古来より伝わる
「楷書・行書・草書・篆書・隷書・仮名」の六書体が持つ
正統な美しさを後世に伝え続ける。

沿革/歴史

日本書鏡院の歴史

  • 本院は長谷川耕南により、昭和8年に書道団体墨林会を創設。
  • 昭和36年より東京都美術館に於いて全国墨林展を開催。
  • 昭和42年に、日本書鏡院へ改題。
  • 昭和45年より御岳山(東京)に於いて 書道 の講習会をはじめる。
  • 昭和52年耕南他界後、長谷川耕生(現会長)が当院を継承。
  • 昭和59年より銀座鳩居堂に於いて日本書鏡院選抜展を毎年ゴールデンウイークの時期に開催している。
  • 昭和62年より当院にて初心者から上級の方までを対象に漢字・かな特別講座を始める。
  • 昭和62年、第50回記念日本書鏡院展を開催。

長谷川耕南 日本書鏡院の礎

長谷川耕南

長谷川耕南、日本の書道家。勲四等瑞褒章。
政界、財界、芸能界などの書道師範を歴任。
日本書鏡院を創設。

  • 明治38年05月
  • 大正15年03月
  • 昭和05年03月
  • 昭和14年06月
  • 昭和16年12月
  • 昭和18年01月
  • 昭和22年01月
  • 昭和24年04月
  • 昭和36年07月
  • 昭和43年07月
  • 昭和51年07月
  • 大正07年04月
  • 昭和03年
  • 昭和08年10月
  • 昭和16年07月
  • 昭和17年05月
  • 昭和21年11月
  • 昭和23年08月
  • 昭和35年10月
  • 昭和42年02月
  • 昭和45年08月
  • 昭和52年03月

新潟県東蒲原郡上川村栃堀に
生まれる

杉山南園に就き書道を学ぶ

明治大学法科を卒業
(在学中に大震災に
遭遇し学生を動員して
「薄幸者救済団」を組織、
自ら団長になり600名を救済)

警視庁に奉職

吉田 苞竹に師事

書道 団体 墨林会
(後に日本書鏡院と改める)を創立

東方書道会展で
最高賞推薦の栄を得る

銀座三越で
「耕南個人展」を開催
好評を博す

小林 観爾(日本画家)
吉田 叡示(彫刻家)両氏と
銀座三越で「三部会展」を
開催好評を博す

東條 英機陸軍大臣公邸
書道 師範となる

書道 親善使として渡支

浪曲界先覚慰霊塔
(桃中軒雲右衛門の碑)
を品川妙圀寺境内に
建立その揮毫にあたる

皇宮警察本部 書道 講師を
嘱託される

「寄木神社由来 江戸漁業根源の碑」
揮毫

阪急百貨店(品川区大井)で
「墨婦人書道展」を
開催好評を博す

衆議院の九段 赤坂 青山 高輪各宿舎を
歴訪。衆議院議員諸侯に
書道を指導

東京都美術館で
「第一回全国墨林展」を開催

「明治を偲ぶ書の真髄展」を
銀座松屋で開催

東京都美術館で
「第八回日本書鏡院展」を開催

武蔵御嶽山 書道 講習会
(毎年一回三日間)を始める

勲四等瑞褒章を授与される

門人、知己により「書家耕南之碑」
武蔵御嶽神社境内に建立される


日本書鏡院役員及び寄稿家諸先生

(順不同敬称略)

会長:長谷川 耕史

顧問

高鳥 修 坂口 力

参与

葉梨 信行 海部 俊樹 佐々木 秀典 金 敬仁 相沢 英之 小川 国彦
自見 庄三郎 三原 朝彦 大畠 章宏 池坊 専永 吉村尚香堂
中村 敬一郎 加瀬 清 海徳寺 早川 謹之助 三遊亭 金時 清雅堂
(株)祥雲堂 金本 耕花 温恭堂 鳩居堂 森 国興 古川 元久
岩屋 毅 河村 寛子 北迫 恵子 三日月大造 坂本 剛二
玄葉光一郎 甲斐 一峰 鶴岡 桃華 張 大順 佐山 昭雄
木村 康之 澤 歌耕 東家 浦太郎 近藤 三津枝 河村 直子
藤田 彩由美 中川 正春 高井 美穂 山井 和則 谷田川 元
中谷 元 小原 舞 鬼木 誠 佐藤 英道 宮沢 博行
管野 佐智子 古川 康 坂本 祐之輔

理事

濱田 桂花 須藤 玉誠 佐藤 貞風 広瀬 清耕 宮永 耕堂 加藤 典香
村田 里雲 尻無濱 竹翠 櫻井 露葉 福長 誠鳳 阿部 萩園 大木 海峯
長谷川 友香 長谷川 耕史

下線は常任

専務

長谷川 明子

運営委員

窪田 素香 平林 耕苑 塚田 耕雲 鈴木 松峯 渡辺 愛花 加瀬 松香
坂部 青峰 竹田 之苑 五味 清容 馬場 猛仲 小太刀頌苑 木村 士耕
半田 泰耕 佐々木素光 福岡 耕芳 杉浦 祥泉 儀間 豊花 高野 秋光
野村 侑香 山田 粋峯 白崎 南羊 関 紫芳 坂口 竹寿 桐谷 竹鳳
千葉 桂山 山内 一昌 荒井 啓花 阿部 優花 服部 水香 十代田壽昌
山本 彩雪 大塚 秀芳 池邉 玉堂 新谷 竹清 木村 清華 平出 翠雪
土屋 晴詳 野田 喜峯